【ココイコあおもり】あおもり再発見の旅②八戸の元遊郭に泊まる
東京生活が長くなり、「出身地について聞かれるとオドオドしてしまう」筆者・大川が、青森県内の魅力を再発見しようと出掛けた旅のレポート。三沢に続く第2弾は、出身地・八戸へ。八戸に行ったら泊まりたい、憧れの宿がありました。小中野(こなかの)にある「新むつ旅館」です。
かつて30軒もの遊廓があった「小中野新地」
「新むつ旅館」は、明治31年に創業し、「新陸奥楼」という名称で昭和32年まで営業していた元遊郭です。想像以上に、美しい木造建築。こんな立派な、かつ情緒ある建物が八戸に残っているなんて。しかもお宿として今も営業されているとは。
幕末時代から船着場のあった小中野の一角はかつて「小中野新地」と言われ、30軒もの遊郭が並んでいました。一時期は東北屈指の歓楽街と言われ、最盛期には芸者さんが120人も居たそう。
かつて遊郭や置屋が並び、旦那衆がそぞろ歩いた道は未だ健在。ここだけ時が止まったかのように独特の雰囲気を漂わせています。静かな趣きのある「新むつ旅館」はこの大通りに今も佇んでいます。昭和32年の売春防止法制定を機に、旅館に生まれ変わりました。中に入ると、あまりにもすばらしい造りに、ため息が出てしまいました。
Y字階段、光降り注ぐ「楼」の美しさにため息
夢の世界に誘うような、Y字型階段。床も手すりも黒光りしています。全体的に決して派手派手しくなく、長い歴史が作り上げた落ち着きのある品の良い佇まい。見上げると、座敷名のとおり「楼」。神秘的に天窓の光が注ぎます。
渡り廊下が部屋に導きます。現在、客室は2階部分の4部屋。通されたのは、かつて芸者をあげた20畳もの広い部屋でした。
色鮮やかな素敵な着物が飾られていたり、鶴や橘をあしらった釘隠しなど粋な細工や職人技が随所に見られ、当時を忍ばせます。玄関の両側にある部屋には今も格子窓。遊郭というと悲しいイメージがありますが、粋はあっても重たさのようなものは全く感じられません。2007年、国登録有形文化財に登録されたそうです。
気さくで優しい女将さんとの会話でほっこり
この旅館の魅力は建物だけではありません。訪れた人を温かく迎え、お客さんをほっこりした気分にさせてくださる女将、川村紅美子さん。とても気さくで、たまたま会合でもらったというお饅頭を一緒に食べました。柔らかな口調で笑顔を絶やさない女将さんと話していると、実家や親戚のうちに帰ってきたみたいに安らぎます。
優しい口調の南部弁だなあと思っていたら、東京・日本橋生まれの日本橋育ち、チャキチャキの江戸っ子。「海外勤務の可能性がある」旦那さんとお見合いをして、実際イタリアでも生活され、旦那様の家業を継ぐため、39歳の時に家族と共に八戸に来たそう。
「旦那さんは(当時は)実家が遊郭であったことを何も教えてくれなかったけれど、この歴史は素晴らしい」と、ご自分で歴史を調べたりしているそう。「お客さん相手のこの仕事が好き、自分にあっていたんだろうねえ」と、これまでを振り返りながらしみじみおっしゃいます。
玄関口のエントランスでは会津塗などの調度品、当時のお写真なども公開。遊客帳には来客の特徴、接客した娼妓など、細かに記載されています。当時の熱気が伝わってきます。
知る人ぞ知るお宿ですが、こういう建物や歴史に興味ある人が全国各地から訪れており、この日は岐阜から来た20代女性2人が泊まっていました。海外からのお客様も多いそう。歴史、建物、人、どの観点から見ても貴重な場所、大切に守りたいですよね。修復・保全には課題があるとのことです。
中心街のホテルももちろん便利ですが、八戸を楽しむ時に、こういうお宿でゆっくりするのもいかがでしょうか。
■新むつ旅館
住所: 青森県八戸市小中野6-20-18
TEL:0178-22-1736
http://hac.cside.com/shinmuturyokan
(大川朝子)
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