あおもりのイベント

主に首都圏等で開催されるイベントを紹介します

7月22日(金)開催、第2回:AOsuki主催:学ぼう会 [青森で起業して分かった事と、これから青森で実現できるビジネスについて]

開催期間
2016年7月22日(金)
開催時間
18時30分~19時30分
場所・会場
AoMoLink赤坂
入場料・参加費
会費:1,000円[学ぼう会]、4,500円[食べ飲み放題]
主催
Aosuki
お問い合わせ先・その他

事務局:〒130-0023 東京都墨田区立川1-3-2-4F 株式会社BlackStone内
問い合わせ先:AOsuki事務局
メール:info@aosuki.net
代表者:須藤公貴
URL:http://aosuki.net/

〜 第二回:アオスキ主催:学ぼう会 〜

内容:青森で起業して分かった事と、これから青森で実現できるビジネスについて

詳細はこちら

http://aosuki.net/archives/5224

AOsuki

講師:須藤公貴(株式会社BlackStone代表取締役)

日程:7月22日(金)

時間:18時30分〜19時30分(学ぼう会)

19時30分〜21時30分(そのまま飲み会)

場所:[Ao Mo Linkak赤坂] http://aomolinkakasaka.jp/

東京都港区赤坂三丁目13番7号ファーストキャビン1階

会費:1,000円[学ぼう会]、4,500円[食べ飲み放題]

対象:青森出身者、青森で将来仕事しようと考えている方

 

【講師プロフィール】

須藤公貴(すとうこうき)

青森県黒石市出身の34歳、25歳に東京でIT企業を創業。2012年に企業売却し、2012年より地元黒石市に株式会社BlackStoneを設立。

現在は、りんご侍 https://ja.wikipedia.org/wiki/りんご侍 を立ち上げ、りんご農家の所得向上を目指しインターネット通販を展開。

今後も農家を中心としたビジネスの創造、地方が元気になるビジネスを創造予定。

会社ウェブ:http://black-stone.jp/

 

当日は、

① 18時30分〜19時30分「学ぼう会」

② 19時30分〜21時30分「同じ会場でそのまま飲み会」

となります。

「参加予定」をクリックした方は①と②の両方に参加となります。

どちらか1つだけ参加の方は、「参加予定」をクリックした後に、

投稿欄に、「学ぼう会だけ希望」「飲み会だけ希望」をお知らせ下さい。

moushikomi

 

 

AOsukiとは?

AOsukiは、首都圏で活動する青森県出身経営者で構成する非営利団体です。

2008年8月1日に設立し、青森が好きということから、

2010年4月「AOsuki」(あおすき)と命名しました。

AOsukiは2012年4月、将来展望や立場を明確にするために、以下の通りビジョンを制定しました。

■AOsuki共通ビジョン「青森を元気に、青森出身者を元気に!」

 

今回は、青森出身、青森と関わりがある、青森が好きであると言う、いずれかの条件だけでご参加頂けます。

女性でも、学生でも、子供でも、一人でも、団体でも、青森が好きであればご参加できます。

当日は多くの方が出会えるような仕組みもご用意します!

 

 

【AOsukiについて】

事務局:〒130-0023 東京都墨田区立川1-3-2-4F 株式会社BlackStone内

問い合わせ先:AOsuki事務局

メール:info@aosuki.net

代表者:須藤公貴

URL:http://aosuki.net/

事業内容:AOsukiは、首都圏で活動する青森県出身経営者の会として、2008年10月に発足しました。 この世に生まれ、育てられたふるさとの「役に立ちたい」、青森県を「盛り上げたい」との思いを実現すべく、積極的に活動しています。

東京県人会や地元行政など、多くの機関からのご協力をいただきながら、会員同士の定期的な情報交換の場となる「AOsuki会」の定期的な開催や、青森県経済と連動したビジネス活動の可能性模索など、様々な活動を行っております。

 

前回第1回は

「青森の歴史編」開催しました。

12974306_985660464850527_4683020869357968294_n IMG_20160415_191718-1024x768

まず、誰もが疑問に思う八戸や七戸など何故「戸(のへ)」という呼び名なのか?を教えて頂きました。

元々東北には蝦夷(えみし)という住民がいて東北は蝦夷の国だった。当時大和朝廷が蝦夷の討伐を行う為に、征夷大将軍が東北の地を制圧する為に侵攻していたとの事です。

田村麻呂の後の文室綿麻呂(811年)が蝦夷を追討しました。その追討する為に北の地に侵攻する際、戦略拠点として1日行軍約15~20km間隔で1,2,3,4~8、9という事で名づけの要因として挙げられるとの事です。

 

※参考キーワード 柵戸(きのへ)

・屯田兵の城柵、いちのきのへ、にのきのへ・・・が語源。その後南部藩領時代に糖部群に九部(戸)四門の制の牧場制度ができた。1,2が南門、3,4,5が西門、6,7が北門、8,9が東門、また「へ」は紙伊の「へ」の説も。

 

青森県誕生の歴史

もともとは斗南藩という下北の方にあった地、弘前藩、黒石藩、七戸藩、八戸藩とそれぞれ別れていた。

廃藩置県により斗南藩が斗南県になり、斗南県小参事「唐澤安任」と八戸県大参事「太田広城」と両名で弘前、黒石、斗南、七戸、八戸、舘の6県合併による新たな弘前県が誕生。

初代県大参事により19日後に県庁を青森に名前も青森県に変更

というのが青森県の誕生の経緯との事です。

勉強会の後は新橋にあるわのみせ

で懇親会を開催しました。

12963671_243592649326057_6337938955718143842_n

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


本文ここまで
ページトップへ