「普通の日」も1個のケーキで幸せに

首都圏等で活動する「あおもり~な」(青森思いの県人等)を紹介します
2016.3.31更新

「普通の日」も1個のケーキで幸せに

あおもり〜な 013 対馬達真 (つしまたつまさ)さん
  • 40代
  • 弘前市出身、弘前実業高卒
  • 千葉県市川市
  • パティシエ

「同じ注意は二度受けない」と心に決めて修業

千葉県市川市の妙典駅に近い住宅街に建つパティスリー「T.sweets」。白い壁と、赤いシェードのコントラストが目を引く店は、大きなガラス窓の奥にあるショーケースが魅惑的で、扉を開けるとふわりと甘い香りに包まれる。誕生日ケーキを受け取りに来た家族連れ、仕事帰りにショートケーキを買う女性、「お使い物で」とロールケーキを数本求める年配の方…。誰かを思い、あるいは自分のために彩り華やかなケーキを選ぶパティスリーの店内は、幸せな空気で満たされている。

実家は、旧岩木町(現・弘前市)でたったひとつの「お菓子屋さん」だ。祖父が和菓子作りを始めた対馬菓子舗は伯父が継ぎ、父は洋菓子を作るようになった。盆や正月、卒業式に入学式、敬老会や結婚式といった人が集まるハレの日に和・洋菓子の注文は多く、そんな日には幼い頃から手伝ってきた。

世間が休む時に忙しい業界はイヤだったが、上京したい思いで高校卒業後は田園調布のケーキ店に就職した。専門学校を出ていた同期が基本的な知識、技術が身に付いているのに対し、シェフが指示する材料や配合、作業手順のフランス語を理解することから始まった修業の日々。標準語が使い慣れず、質問に対して素早く答えられなかったことも悔しかった。工場の上にある寮で暮らし、朝5時から準備を始め、午後7時に仕事が終わると、一人で練習を重ねた。会社から購入したバターを使っては凍らせながらケーキのデコレーションを練習し、チョコでメッセージを書くパイピングも文字パターンを変えて練習を繰り返した。「ずいぶん上司に怒られて、社会の厳しさを教えられました。でも、同じ注意を二度受けないようにしようと、心に決めて頑張った」

次第にスイーツの奥深さにのめり込んでいた修業時代、2人のシェフから“パティシエの土台”を教えられた。寒川正史シェフからは「白衣を汚すのは仕事ができない人間だ」と教えられ、いつも清潔な白衣を身に着け、仕事前にテーブルを几帳面過ぎるほど綺麗に拭いている。フランス仕込みでビジュアル感覚にたけた島田進シェフからは見た目でインパクトを与える大切さを教えられ、日常でも美的センスを養った。

「レシピ通り」から脱却し、個性を発揮

2〜3年で店を変えては、新しいステージに挑戦してきた。レストランでのデザート作りは、まるで「ライブ」だった。サービス担当者とインカムで密に連絡を取りあい、食材の温度管理にも気を配り、お客様に最高のタイミングで提供する。料理を召し上がった後のお腹にもたれないよう酸味のきいたソースやスパイシーな香り付けでシャープで印象に残る味わいに仕立て、インパクトのあるデザートを作り続けた。代官山のウェディングレストランとカフェを併設した店舗では、新郎新婦の思いをくみ取って色や形をデザインし、一生の思い出に残るオーダーメイドのウェディングケーキで、“幸せのお手伝い”をした。カフェでは、気取らずカジュアルで、値段も手ごろな分かりやすいものを心がけた。

転機となったことがある。力試しにコンテストに出場した時のこと、2次予選を通過できなかった自分に対し、優勝したのは最初に勤めた店の同僚だった。悔しくて、自分との差を考えていた時、その同僚と会う機会があり、一緒に同じ店に移ることになった。2年間、同じ現場で仕事をしながら、「レシピ通り」に作っていることが同僚との「差」になっていることに気付いた。それから、自分のアイディアやセンスを発揮して工夫を重ねると、次第に卓抜した色彩感覚や独創性が高い評価を受けるようになった。

そんな腕が見込まれて2006年、新浦安にある店を任されることになった。オーナーの意向で「ツシマ」の名前を冠し、15人ほどの職人を束ねながら独創的なスイーツを作り続けた。店から見えるディズニーランドの花火のイメージと舞浜の地名をかけたマドレーヌ「舞日花火」のほか、「真赤果」「ヨーヨー」といった遊び心と季節感を感じさせる名前のスイーツは、評判が良かった。「何気ない時にふっとひらめくアイディアは、その鮮度が落ちる前に、すぐ形にしてみる。フルーツの真空調理など新しい調理法にも積極的にチャレンジしてきた。そのほうが自分も楽しいし、若いスタッフの勉強にもなる」。しかし、県内3店舗を統括し、調理師学校の教壇に立ち、他店舗のプロデュースも手掛ける多忙な日々を過ごすうちに、「1個1個のケーキを大切に作りたい」との思いが高まり、独立を決意した。

地場と故郷の素材使ったケーキにリピーターも

2009年8月、妙典駅から徒歩6分、子どもたちの声があふれる小さな公園の隣にオープンした「T.sweets」。スポンジにこだわったショートケーキ、まるごとあまおうロール、濃厚チーズケーキなどが並ぶ店内には若い家族連れや地域の方、これまでのファンも遠くから訪れる。依頼を受けて学校でキャリア教育の授業、児童の見学受け入れもしており、店内に張られた児童の手紙には授業への感謝とともに、パティシエへのあこがれもつづられている。クリスマス直前は、大型店舗のカタログと自店舗の予約を受け、約1000台のホールケーキを従業員と一緒に睡眠時間を削って作る。そんな時を重ね、弘前の実家同様に「地域のケーキ屋さん」として足を運んでいただけることが嬉しい。毎年、バースデーやクリスマスに予約をしてくださるお客様と顔を合わせるたび、その“お客様の歴史”に微力ながらお手伝いできるパティシエという仕事の素晴らしさを実感している。

牛乳や豆乳、落花生、ビワなど、千葉の素材を積極的に使うが、弘前の実家でとれるりんごも使い、友達が作るりんごジュースも販売し、密かな青森アピールも欠かさない。6周年記念に今年度売り出した数品の中でもっとも人気が高かったのは、実家のりんごを使ったタルト・タタン。ジューシーなりんごがカラメルとマッチし、ショートピースでもほぼ1個分のりんごを使っているだけに、ずっしり重く食べごたえがあり、リピーターを生んでいる。

代官山などの人気店に居た頃は、「ケーキは特別な日に、特別な思いで食べるもの」と考えていた。でも、シェフとしての経験を積み、家庭を持った今は、違う思いも加わった。「普通の日も、1個のケーキでより楽しくなれば」。海外を旅行する度に日本のスイーツの奥深さ、繊細さを実感するようになり、いつか、何かの形で海外にも発信したいという思いも沸いてきた。その日のためにも、誰かを笑顔にする小さな「幸せの種」を、毎日作り続けている。


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「次は、西早稲田でスパイスの香りが魅惑的なカレー専門店を経営する一戸和彦さんです」(対馬さん)

編集後記:職人魂とセンスが光るスイーツに呼び覚まされた遠い記憶

これまで料理人の方にはお会いしていましたが、パティシエの方の取材は今回が初めて。取材後半、写真撮影のために厨房へ。ホールケーキのスポンジに何の迷いもなく生クリームを搾り出し、柔らかなラインも、繊細な飾り付けも、瞬く間にデコレーションして仕上げた手技は、本当にお見事でした。

取材を通して、遠い記憶がよみがえってきました。幼かった頃、洋菓子の種類は今ほど多くはなく、安くもなかったので、ガスコンロで加熱するタイプのオーブンで母や妹とスポンジを焼いてケーキを作ったり、一人でマドレーヌを作ったことを、ふと思い出し、何だかあったかい気持ちになりました。そんなふうに、ケーキや洋菓子があるシーンは、ちょっぴりだけ特別な気分を味わうことができる「嬉しい時間」として記憶に残るものだと、改めて実感しました。

欲望を我慢しきれず、帰る時にはケーキの小箱を手にしていました(笑)。チーズケーキは酸味が利いた濃厚チーズが底のクラッシュしたクッキーと相まって食べ飽きず、ザハトルテはコクのあるチョコとリキュールが利いた大人の味。タルト・タタンはジューシーなりんごが美味しくて、ボリュームはあったのだけど口に運ぶ手が止まりませんでした(一度に全部食べたわけではありません、と言い訳)。味わいながら、パティシエを目指すスタッフとともに作っているとはいえ、素材も作り方も違う複数種類のケーキをよく作れるものだと感心しきりでした。

幼い頃からスキーに親しみ、高校時代はバレー部で活躍されたスポーツマンの対馬さん。スポーツで鍛えた集中力は当然、スイーツを作る時にも発揮されているようなのですが、集中度が高まって奥歯を強く噛みしめ過ぎて、歯茎から血がにじんだこともあるというエピソードには目がテンに(苦笑)。そんな職人魂と磨かれたセンスを活かして、これからもたくさんの人に「美味しいひと時」を届けていただきたいです。(編集・小畑)

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