酒も肴も「青森」がイチ推し!
新橋のサラリーマンに「うまさ」アピール
田酒、豊盃、白神、陸奥八仙…。青森県内の酒蔵の前掛けが居並ぶ、黒を基調としたスタイリッシュな空間。それら酒蔵の酒とともに、青森県内から届く新鮮な魚や野菜で丁寧に作られた料理の評判は上々で、2013年2月のオープン以来、連日、新橋のサラリーマンでにぎわっている。
実家は弘前市の旧岩木町にある農家で、コメやリンゴ作りの手伝いをしながら育った。中学生の頃から台所に立ち、自分が食べたいものを作るのが好きだった。柏木農業高校でコメや野菜の作り方を一から学んだ経験は、料理に携わる今、「ありがたみがわかる機会になった」と振り返る。
高校を卒業すると浅草の和食のお店、懐石料理店などで下積み修業を5年。その後、自身が好きな日本酒に重きを置くカジュアルなお店に移り、料理のバリエーションを増やした。新橋駅に近いお店で働いている間に物件を探し、同じ新橋でスナックだったお店を居抜きで買い、「人が集まる場所に」という思いで「屯(たむろ)」と名付けた。
品書きのあちこちに、「青森」の文字と青森らしいメニューが。シャモロック、陸奥湾産ホタテフライ、きりこみ鰊などのほか、「青森名物三兄弟」と紹介しているのは、弘前イガメンチ、ホタテ貝焼味噌、源タレ牛バラ焼き。お客様の半数ほどが、「懐かしい味」を求めて訪れる青森県出身の人たち。その県人と青森の懐かしさを共有しながら、新橋界隈のサラリーマンの皆さんに、日々、「旨い青森」をアピールしている。
魚も醤油も日本酒も
「おいしい味わい」にこだわり
飲食店が多く、競争の激しい新橋で生き残るために必須条件である「安価な仕入れ」に、県内の人脈を生かす。たとえば、大間のマグロは、知り合いの大間の漁師から大トロ、中トロ、赤身を生で取り寄せ、丸ごとバターソテーする大振りなアワビも大間の知り合いから。刺し身やフライで提供する陸奥湾産ホタテは、平内で漁師をする柏木農業高校の先輩から。漁師から直接仕入れることで、いいものをより安く提供している。
実は、刺し身に付ける醤油にもこだわっている。製造元は、もちろん県内。藤崎町の中村醸造元だ。白身魚には濃い口の生醤油、赤身の魚には火入れした濃口醤油、という具体。「お客様に醤油の味比べをしていただくこともあります。ここの醤油は雑味がなく香りが豊か、味もまろやかで、刺し身の旨さが引き立つんです」
その味へのこだわりは、大好きな日本酒において一層際立つ。「修行時代、疲れて実家に帰った」という1年足らずの間に、弘前市内の居酒屋でバイトをしながら覚えた地酒の味と知識が基礎にある。ご縁がある「田酒」の西田酒造、実家が近い「豊盃」の三浦酒造を訪れ、酒造りの現場に触れて、最新の情報を仕入れることも。
「日本酒の美味さを知って欲しい」という思いを表すように、店内に揃える一升瓶の数は約80本。「日本酒は開栓すると、酸味が出たり、味が膨らんだり、香りが華やかになったり、どんどん変化します。毎日従業員と味をチェックして、おいしい状態で提供するようにしています。温度によっても味わいが違うので、お出ししてからしばらく置いて味の変化を楽しんでもらったりします」。訥々とした語り口が、日本酒の話になると舌が滑らかになる大高さん。「うちで日本酒を飲んで、日本酒のおいしさに目覚めるお客様もいるんです」。そう語る笑顔が、本当に嬉しそうだ。
岩木山のふもとで採れる山菜や嶽キミ
「津軽そのもの」のファンも増加中
季節ごとに、津軽の山野で採れた食材も顔を出す。「これからの時期は、とっちゃが裏の山から採ってきたバッケ(ふきのとう)やコゴミ、もう少しすればミズやシドケなんかも届きます」。津軽の季節を伝える旬な食材は、県人ではないスタッフにとって扱い慣れない素材。山菜の皮むきや下処理の仕方を伝えながら、津軽の話になることもある。
「バッケは天ぷらのほか、バッケ味噌にします。牛肉のステーキに付けるとほろ苦さが肉の甘味を引き立てて美味いですよ」。夏の終わりに届く嶽キミの実をすりつぶし、ゆで汁だけで延ばしたスープはファンが多く、メニューに載ると瞬く間になくなる。手を加えすぎず、素材の良さが引きたつ料理がお客様に受け入れられることも、店主としての喜びだ。
青森への帰省は、従業員と一緒に酒蔵や生産現場を見学する「青森スタディツアー」となる。「津軽で当たり前」のあれこれ、そして景色に触れてもらうことが狙いだ。自分が泊まるのは、やはり弘前の実家。「空気がいいし、自然がいっぱいでサッパリするし、家の畑の先にある岩木山を見ると『ああ、帰ってきたな』と思う。18年育ててもらった弘前は、自分にとって大事な場所。だからこそ、その良さを一人でも多くの人たちに知って欲しい」
開店から3年目。平日はランチ営業もし、女性ファン獲得にも力が入る。「まずは、この店をしっかり守り、営業が安定するように頑張る」。岩木のお山のようにどっしり構える“津軽男”は、気負わず、焦らず、丁寧に、青森の味を届け続けている。
編集後記:「弘前っぽいお店」でもてなす “青森伝道師”
青森県人が経営し、首都圏に「青森の味」を届けるお店は数々ある。「青森好き」の県人や青森ファンは、それぞれの特徴を味わいながら巡って歩いていて、私自身もその中の一人。でも、「屯」のメニューにある「清水森ナンバのきのこなんばん」「黒石豆腐の冷ややっこ」、飲んだ〆の「津軽そば」などはあまりお目にかからない。考えてみれば、弘前市出身のオーナーは意外に少なく、ここは貴重な「弘前っぽいお店」だということに気付く。
ランチ営業もしている火〜木曜日は、朝の準備からランチ営業、わずかな休憩をはさんで夜のための仕込み、そして営業と、かなりハードな働きぶり。そんな忙しいさ中にも、お店入り口脇の大きな壺に大ぶりな桜の枝をさしてお客様をお迎えするなど、こまやかな気配りを忘れない。シンプルな店内に漂う「あずましさ」は、そういった大高さんの心配りが生み出しているのかもしれない。歓送迎会のこの時期、県人グループの利用が多いというのもうなずける。
海のもの、里のもの、山のものと、季節を通して「津軽」、そして「青森」をアピールしながら、実は特A黒毛和牛サーロインステーキもメニューに並んでおり、金額的に幅広い層が利用できる品揃え。常時80本前後揃えているという日本酒は青森県産以外にも、品書きに全国の名だたる銘柄がそろっていて、日本酒好きにはたまらない。
4月には、従業員と一緒に青森に帰り、酒蔵や醤油の醸造元も回るとのこと。「スタッフには料理以外の青森のこともたくさん知ってもらい、お客様に伝えられるようになって欲しい」と大高さん。 “青森伝道師”の存在が頼もしい。(編集・小畑)