都内でサロンを開く人気ヘアスタイリスト

首都圏等で活動する「あおもり~な」(青森思いの県人等)を紹介します
2015.2.26更新

都内でサロンを開く人気ヘアスタイリスト

あおもり〜な 004 由利達麻 (ゆり・たつま)さん
  • 30代
  • 青森市浪岡出身
  • 神奈川県在住
  • ヘアスタイリスト

とび職しながら貯金、18歳で上京
「美容師すげー!」と思える師匠に出会う

 

トップスタイリストがヘアメイクの技を競うテレビ番組「ゴッドハンド」。2012年11月、由利達麻さんは「ゴッドハンド」の一人、宮村浩気さんとテクニックバトルを展開した。ライトを浴び、手さばきの一つひとつをカメラに追われるきらびやかなステージ。この10年前、こんな姿を想像できた人はいなかっただろう。

青森市内の高校に入ったが、中退した。両親からは「面倒を見るのは18歳まで」と言われ、とび職として働いた。現場は、車で1時間以上もかかる山中。法面をコンクリートで塗装する仕事は、夏は暑く、冬は寒く、危険が伴った。「中(室内)の仕事がしたい」と職を探すうちに美容師になろうと思い、専門学校に通うために貯金した。

18歳で上京。「都会は寂しいから」と“青森的なにおい”がする巣鴨に暮らした。夜間の専門学校に通い、学校で知り合った人の紹介で青山のサロンの見習いに入った。「美容室の聖地」とも呼ばれ、美容室が林立する青山でも、師匠は名が知られる人だった。政治家や音楽家、芸能人が通い、すべての人が師匠に絶大な信頼と尊敬を寄せる様子に驚いた。

「この仕事、すげえ!中卒でも一生懸命勉強すれば、師匠みたいになれるかもしれない」。18歳で見つけた美容師という仕事に、真摯に向きあうことを決めた。

師匠は美容の技術はもちろん、箸の持ち方、食事の仕方に始まり、美術館や舞台など芸術にも触れさせてくれる中で、「人としてどう生きるか」を教えてくれた。その中で、「お客様を美しく変える」美容師の資質を身に付けていった。

アシスタントのヘアショーで業界に旋風!
「変身ブログ」で人気スタイリストに

美容専門学校の卒業とともに美容室での見習いを終え、やはり青山にある美容室のアシスタントになった。手取り13万円と給料は安かったが、営業前の朝7時半から、営業後も深夜まで、寝る間を惜しんで勉強し、練習した。講習会で講師をするようなオーナーの間近にいられたことはラッキーだった。多くの撮影現場に同行し、芸能人のヘアメイクを間近に見て、技を盗んだ。スタイリストから最先端の情報が自然と入ってきた。

当時、カリスマ美容師が一世を風靡した時代が過ぎ、美容業界に活気がなかった。3年のアシスタント生活が終わるのを前に、何かデカイことを仕掛けようと思った。「アシスタントのヘアショーって、誰もやってないな」

企画を考え、青山の有名サロンにファクスや電話で参加を呼びかけると、4サロンが手を上げた。思い思いのテーマでショーを発表する会場には400人以上の観客が集まった。3回続いたショーは雑誌に取り上げられて話題になり、業界や美容専門学校生の大きな刺激になった。

スタイリストになっても、待っているだけではお客様は来ない。そこで、街中で「変身させたい女性」を見つけて無料でヘアカットとメイクをし、ブログ「勝手にBefore&After」にアップしてみた。アクセス数はみるみる伸びて10万を超え、ランキング1位に。骨格に合わせ、チャームポイントを生かしたヘアアレンジはお客様に喜ばれ、人気スタイリストとして知られるようになった。

青森にいた頃は「ジャージに金髪、カッコいいっしょ!」といった感覚。美容のセンスはなかった。でも、星の数ほどいる美容師の中で一歩前に出るため、努力を重ねてセンスを磨き、「人がやっていないこと」を見つけ、実行し、自分の道を切り開いてきた。

「ハリウッドでヘアメイク」が30代の目標
青森の友達に恥ずかしくないよう、やり尽くす

2012年、目黒区祐天寺にヘアサロン「アンティリカ」★をオープンした。美容師という仕事の素晴らしさを教えてくれた最初の師匠を真似て、一人のお客様にゆっくり向き合う個人サロンのスタイル。美しい景観の小島が集まるアンティル諸島のように、たくさんの人が訪れ、綺麗になり、元気になっていただく場所に…。そんな思いをともに持つスタッフと、お客様を迎えている。

芸能界の方のヘアメイクやヘアショーを担当する機会にも恵まれた。中でも、モデルであり、「美しすぎるボクサー」としても活躍する高野人母美(たかの ともみ)さんとは、ヘアショーでの担当を機に意気投合。「一緒に上を目指そう!」と同志のような関係になり、トレーニングを一緒にすることもある。

その高野さんの紹介でハリウッドの映画監督に会った時、30代の目標が決まった。「ハリウッドでヘアメイクをする!きっとできる!」。英語を勉強し、ヘアメイクのスキルアップに余念がない。

高校を中退し、とびの仕事をしていた頃はコンプレックスの塊だった。それがいま、自分のサロンを持ち、視線はハリウッドに向いている。「一歩踏み出す勇気さえあれば、10年後の自分なんて何とでも変わる。青森に尊敬する先輩がいる。仲間が誰かに絡まれると、まず一歩前に出る、その先輩の姿勢が今の自分のベースにある。腹を割って話せる本当の友達は、青森にしかいない。その大事な友達と離れることを選んだんだから、恥ずかしくないような何かを成し遂げないと駄目だ」

夢をすべて叶えたら、最後は青森県に戻るつもりだ。「自分の夢を叶えた経験を生かし、青森の子供達や若者に希望と可能性を与える県知事になりたい」。できないことはないと、思っている。

(由利達麻さんの紹介、終わり)

「次は、新橋でバーを開いている原子内昌樹さんです。お酒の知識がハンパない、素敵な人です^^」(由利達麻さん)

<2015年2月6日 インタビュー>

編集後記

昨年、「青森出身のスタイリストがいる美容室」ということで友人の紹介でムエタイチャンピオンの一戸総太さんが訪れた。「人がやっていないことを見つけて、一歩前に出る。これって、闘い続けている一戸君も同じだから、意気投合した」と由利さん。そういえば、「青森思いの県人002」で登場してくださった棟方ひとえさんも、「一歩後ろに引きたくなる消極的な自分の殻を破り、成功例になれるよう頑張ろうと思った」と話していた。やりたいことを実現している人は、同じポリシーを持っているようだ。

一昨年からサロンのお客様に、青森の友達が作るお米とリンゴジュースを販売している。「青森が自分のベース。青森の友達がいるから、ここで頑張れる。だから、友達を応援したい」。評判は上々だと喜ぶ笑顔が印象的だった。

仕事の前にランニングをしたり、休日にはトレーニングや乗馬も楽しみ、帰省した際には青森市内の乗馬クラブにも出掛けるとのこと。「ランニングや乗馬は、うまくなるため自分自信と向き合うことが大切。美容の技術がうまくなるのと非常に近い感じがして楽しんでいます」。さて、30代でどこまで行くのか。そして、県知事になれるのか??今後の活躍が楽しみだ。(編集・小畑)

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